
暴風の音と暴風がテントを揺さぶる音に妻も目を覚ました。「凄いね」と言い合う。だからといって他にすることもない。できることもない。妻はまた寝てしまった。このあと妻はやはり凄まじい暴風の音で何度か目を覚ますが、また寝てしまう。眠れる妻が羨ましかった。
明け方になってきたのか、冷え込みが一層厳しくなったのが感じられるようになった。 ダウンの下はTシャツ1枚。まだ乾いている長袖のシャツがあるはずだが、どこにあるかテント内を探すのは億劫だ。自分で自分を抱くようにして寒さをしのぐ。
足元は結露で濡れているし、そもそも縦長のテントに対し、横に寝ているため、足がつかえてしまう。膝を立てて横になっているのだが、これが非常に窮屈だった。
それでも、自分のことはあまり心配にはならない。震えがくるほどの寒さではないし、足が伸ばせないくらいは大したことではない。今ヒュッテに泊まっている人たちの窮屈さに比べれば…。たぶん、布団1枚に3人、いや今日の混雑からすれば4人ということもありうるだろう。暴風雪の恐怖からは免れるが寝苦しさはこちらの比ではないはずだ。
子供たちの様子が気になって何度も体温を確認した。息子はマット1枚で寝ていてそばには濡れたザックがあったので冷え切っていないか心配になるのだ。娘が陣地を占領するものだから、息子は下手をするとマットから外れて直にテントのシートの上に寝てしまうこともありえた。そうなると地面の冷たさがダイレクトに伝わってしまう。しかも息子は爆睡しているのでその冷たさに気づかないかもしれない。そうこうするうちに冷え切ってしまって…。そんな不安が頭をよぎるので、しょっちゅう息子の位置を確認したりマットの中央に戻したりした。
娘はパタゴニアのジャケットに体をくるませるようにして寝ていて、シュラフがずるずると下がっている。寒そうだが、シュラフを上げるのは大仕事で、息子同様爆睡している娘を相手にそれを行うのは至難の業だった。とりあえずは大丈夫そうなので、できる範囲でシュラフをずり上げるという作業を何度か行った。
風は相変わらず一定の間隔で吹きすさんでいた。そして、ひときわ強い突風が吹いたとき、何かの塊がテントの上からドサッと落ちた。雪の塊だ。よく目を凝らすと風がモロに当たっているテントの壁面に雪がへばりついているのだ。もちろん上部にも積もっており、それが重みと風の強さで落ちたのである。いよいよ大変なことになったな、と思った。いったい外はどんなことになっているのか。見る勇気はなかった。この日のことを誰かが(この時のカールのどこかのテントに泊まっていた人だ)ブログでこんな風に書いていた。
<テントの換気口から外を見ると一面が真っ白な世界。見なかったことにしてまた寝た>
笑ってしまったが、確かにこの現実はどうしても認めたくないほどひどいものだった。 ふと思いついてテントの入り口のジッパーを開けてみた。恐る恐る前室の様子を伺う。前室と地面には10センチほどの隙間があるのだが、そこが雪で埋まっていた(ToT)
当然ながら登山道も雪で埋まっているはずだ。朝になって気温が上がればすぐに解けてしまうだろうが、逆にこの悪天候が続けばさらに積もってもはや脱出不可能になるのでは、などと考えてしまう。いや、でも絶対に下山する人はいるだろうし、大勢いれば雪はなくなるかも、などとも考える。こんなことを繰り返し考えながら時間をつぶした。

唐突に、ホリエモンならどうするか、なんてことも考えた。暇なもんで。ま、ホリエモンが好き好んでこんなところに来るとは思えないが、まあ、それは置いておいて、彼ならこの事態をどう切り抜けるか。金を使ってね。ホリエモンならヘリを呼ぶだろう。当然民間のヘリだ。明日、ヘリが飛べるような状況になったらすかさず部下に命じてヘリを飛ばさせる。涸沢小屋の横のヘリポートに着陸させ、あとは全ての道具をヘリに積み込んでさっさとこの場を後にするだろう。そうして六本木ヒルズの屋上にあるヘリポートまで一直線だ。時間にして約1時間か。あとはエレベーターで降りるだけである。
200万くらいかかるだろうが、彼にとっては痛くも痒くもないだろう。
沢渡に置いてある車は部下かアルバイトに取に行かせる。10万も出せば喜んで取ってきてくれるだろう。金があればそんなことも可能か。
ここに閉じ込められて生死の淵をさまようことと比べると、やはり地獄の沙汰も金次第なのかも…。
ま、それでは自力で下山するという喜びというか、このピンチを自力で切り抜けたという満足感みたいなものは得られないだろうし、そんなことするやつは山屋ではない、と蔑まれるだろう(蔑まれてもホリエモンは動じないだろうが)。
なんていうことを徒然に考えて過ごした(よくもまあくだらないことを考えるよなあ)。
その間も暴風雪は吹き荒れていた。やがてテントの外がゆっくりとだが明るくなってきた。だが、風は止む気配はない。それでも夜が明けたとなると、活力が沸きあがってくる気もした。
さて、今日はどうするか。というよりどんな一日になるのだろうか。