火曜日, 11月 21, 2006

涸沢の試練 その9

この先、他の日記がつかえている(家族のこととかもっと書きたい)ので、今回で涸沢の試練は何とか終わりにしたい。できるかな(^^;)

さて、暴風雪の中、どうにかこうにか全ての荷物を撤収した吉祥丸は、ヒュッテで待つ家族の元へと急いだ。

午前11時半。

ヒュッテではすでにみんな準備が終わっていた。まずはトイレを済ませる(今朝はこのトイレがものすごい渋滞だったと後日他のブログで知った。この時はガラガラだった)。

外は相変わらずの暴風雪。奇特な人たちが紅葉の写真を撮りにこの風の中出かけている。風雪の真っ只中でカメラの三脚を立てているのを見ると、アホやないかと思うのだが、そういう自分もこんなところで何をやっているんだと問われれば、やはり相当アホなんであった。

それにしても風が強かった。ヒュッテの建物と建物の間というか、踊り場のような半分外のような場所にいたのだが、ものすごい風が轟音とともに吹き抜けている。ちょっとビビった。吉祥丸でさえふらっときそうな風の強さなのだ。この突風を子どもたちがもろに食らったら登山道を踏み外してしまう危険があった。少し迷う。この風の中、下山するべきか、もう少し待つか。だが、今日中に下山するなら今しかない。う~ん。

と、ここで新たな問題が勃発した。息子が「足が痛い」と言い出したのだ。靴の中が湿っており、靴下が濡れて冷たくなってかじかんでしまったのである。こうなると「疲れた」「歩きたくない」と違って本当に歩けなくなる。なだめたりすかしたりして歩かせるわけにはいかないのだ。時間は押しているしさあ困った。
が、こういうときに妻は、というか母は迷わない。ヒュッテの乾燥室に入り、靴と靴下を乾かすと言う。そんなことしていたら30分か1時間はかかってしまうが、考えてみればそうする以外に選択肢はないのだった。

乾燥室の中は大型のストーブが燃えていて暖かかった。この荒れくれた環境の中、ここには文明がある、そんな感じだった。ストーブを囲みながら登山客が談笑している。こっちはテント泊で本当は乾燥室を使えない身なので遠慮してしまった(実際は妻が交渉して1000円で使わせてもらっていたので遠慮することはなかったのだが)。みな楽しそうだ。疲れて無言の人もいたが、多くは涸沢にいることの喜びに満ちていた。羨ましかったなあ。なんにしても彼らは余裕があるのだ。対して吉祥丸一家はもうぎりぎりだった。さらに追い打ちをかけるような息子の足痛。本当に下山できるんだろうか、もう一泊、今日はヒュッテに泊まろうか、などと考えてしまった。いや、それだけ外の天気は最悪だったのだ。

しばらくすると靴下は乾いたが、靴はなかなか乾かなかった。すると、妻がなにかザックから出した。ビニール袋を使って靴からの浸水を防ぐというのだ。ビニール袋に足を入れてから靴を履くというすんぽうだ。この発想は吉祥丸にはできない。履きづらいだろうし、今度は足が蒸れてしまいそうだし、何よりこの場でそれを行うのはちょっと恥ずかしいではないか。が、妻は真剣だ。だが、こういうときの(どういうときだ)妻の行動は概して正解な場合が多い。結果的にはこれが功を奏して、この先の息子は最後まで絶好調だった。まさに妻のおかげ。吉祥丸だったら絶対にしない措置だった。それにしてもゴアテックスの靴が必要だとつくづく思った。

幸いなことに乾燥室で時間を取られた分、しだいに天候が回復してきた。風が弱まったのだ。これは嬉しかった。風は、吹いていたけれどもう吹き飛ばされそうなあの暴風は止んでいた。

息子に靴を履かせ、いよいよ涸沢を後にするときが来た。重いザックを背負い、「さあ行くぞ」とみんなに声をかける。

12時15分、涸沢出発。