水曜日, 9月 27, 2006

富士登山その8?9?~完結編~


だらだら書いても仕方ないので今回で「富士登山2006」を完結します。
息子の高山病で完全撤退か一部登頂へ向かうか…。
吉祥丸の決断は、まず8合目まで降りて長時間の休憩。その間に息子の高山病が回復すれば再登する、というものだった。

登りの途中でベテランらしき人の「高山病はほんの10m下っただけで改善することもあるよ」とのアドバイスが頭にあったからだ。

娘は納得できずに「登りたい」と泣いた。だが、吉祥丸は半ば強引に(半分ヤケ気味に)付き合わせた。心の中ではなんとか息子の高山病が治りますように、と願いながら…。

でも、8合目に下りながら「ここをもう一度登ってくるのは至難の業だなあ」と思ってもいたりした。

8合目到着。しばらく息子の様子を見る。30分くらいいたろうか。息子は良くならない。ばかりか「パパのせいで苦しい思いをする」というようなことまで言い出した。こりゃもうだめだな、と思いましたね。
息子がというより吉祥丸がだ。回復を待つよりもう降りちまおう、と思ったのだった。

で、3人に宣言。娘と妻は登頂せよ。息子は吉祥丸と下山だ。

娘は喜びましたね。妻も内心は登頂したいと思っているようで不服は言わなかった。

そしてここから別行動となったのだった。

下山は楽、とは言わないまでもスムースにいった。息子も途中何度か苦しそうにしたが、7合目を過ぎたあたりから劇的に改善しだして、6合目の手前あたりでは飛び跳ねるように下っていた。
体力は残っていたんだよね。高山病にさえならなければ登頂できたのに。これはもう吉祥丸の作戦ミス以外何ものでもない。

午後1時頃、約3時間で無事下山。その後エス丸の中でラーメンの昼食。3時くらいに妻から登頂の電話が入る。おめでとうを言って切る。この後、吉祥丸と息子は下界の温泉に行って極楽気分を味わうのだが、下山した娘&妻とのランデブーに失敗し、せっかくの「祝登頂」が台無しになってしまったことは詳しく書かない。

こうして吉祥丸一家の富士山登山は終わったのでした。

が、 まあ、初の富士山登山はその後の吉祥丸一家にとって実に大きな影響をもたらした。
その後は「高山登山」が主になっていくのだ…。

写真は8合目。もくもくと急成長する積乱雲と同じ高さの場所で休憩する吉祥丸一家。

火曜日, 9月 26, 2006

有意義な講習


先々週の休日に(いつの話や!)クライミングジムに行った。

息子は大喜び、娘もそれなりに楽しんでいたようだ。妻は見学。吉祥丸はロープで登っている子供を確保する「ビレイヤー」の役をやった。

そのために、インストラクターからロープと確保器の使い方を教わる(500円)。

これが非常に有意義だった。2種類の確保器の使い方を教わったのだが、かつて「不快だったモンベルのクライミングの兄ちゃん」が確保器とロープをこれ見よがしにかちゃかちゃやっているのを見て、どれほどのもんじゃ、と思っていたのである。どれほど高度な技術なんじゃと思っていたのである。

それが教わったらな~んだ、簡単じゃん。誰にでもできる技術だった。

このクライミングジム行きは、吉祥丸としては先週の息子のウサを晴らすためと、ロープ技術が奥穂を登るときにどれほど必要な(可能な)技術なのかを見極めるためのものだったのだが結果的には正解だった。

息子は4時間登りっ放し。吉祥丸は右手の親指付け根にマメを作った。

少し自信がついたかな。ただ、実際に奥穂行きのためにロープやカラビナを買うかはもうちょっと考えようか。

そういえば山と渓谷社から出ている「穂高岳」というDVDを購入した。絶景の穂高を見て娘たちにやる気を起こさせるのと、奥穂へ登るルートの険しさを見てみて、ロープを使うかどうか決めるためだ。

まあ、DVD見ても行きたくないというのなら、1人で行こうかな。

月曜日, 9月 18, 2006

へえ~。


今日(実際は昨日)、わざわざ町田まで遠出してモンベルのインドアクライミングに挑戦しようと思ったら、着いたのが1時近くで、挑戦できるのが4時50分だと。4時間近くも何してろっちゅうんじゃ!
こんなに混雑するなら予約制にするとか、もう少し客のこと考えろよなあ。接客した兄ちゃんも、いかにもフリークライマーでございます、って感じで、初心者に対するホスピタリティが感じられなかった。
息子は「やりたい」と泣くし、こっちはそんなに待てない&モンベル気分悪しでちっとも楽しくなかった。 (写真は2年前の娘の様子。息子は小さすぎて出来なかった)

さて、そんな中、「へえ~」と思ったことが一つ。

エス丸の中で息子が「山が好き」と言ったので(まあコレは当然か)、娘にもダメもとで聞いたら「山は好き」だと。え、好きなの? と思わず聞き返したら、「頂上は好きなんだけど、登るのは嫌」。なるほど。

でも、ちょっと安心、というか嬉しかった。山のあの景色に感動していたらしいのだ。

息子はどちらかというと景色より、岩登りや走り降りのようなアスレチックイベントを楽しんでいるのだが、娘は景色がいいらしい。なんか娘らしくておもしろい。確かに山の絶景の数々は娘の感性に響くんだろう。

嫌がるのを半ば無理矢理連れて行ったことを反省することもあったが、ムダではなかったのかもしれない。だったらいいんだけど。
この後に予定している紅葉の涸沢~穂高の景色はさらに美しいと思われるので喜んでもらえるといいのだが…。

さらに。

今日のインドアクライミングが不発に終わったことで、せっかくだから近くのクライミングジムに行こうと娘を誘ったら、意外にもOKの返事。辛いことでなければいいようなのだ。息子はもちろんOK。雨でサッカーが中止だったら挑戦だ。

吉祥丸としても「確保」の仕方を教えてもらえるようなので、憧れのロープワークの一端を会得してこようと思う。

水曜日, 9月 06, 2006

登山前の日記

茶臼岳~朝日岳登山の前に以下のの日記を書いていたので載せておく。


金峰山をやめて茶臼岳~朝日岳

本日は仕事。もうすぐ終わる。本当は仕事の予定がなかったので明日は、今日の夜出発して金峰山を登ろうと思っていたのだが、今日中に出るのはやや困難なので(木曾駒ケ岳のときは強行したけど)、金峰山はあきらめた。金峰山は駐車場が狭い割に人気の山なので、かなり早い時間に到着していないと駐車場に停められなくなる。結果、みんな車道の脇に停めるので、延々と車の列ができてしまうのだ。

そういうわけだから夜出発、車中泊を計画していたのだが、仕事になってしまったので困っていた。
茶臼岳~朝日岳プランは遠距離なので今度の連休のために取っておいたのだが、ロープウエイの始発が8時半という比較的遅い時間からしか動かないこともあって、自宅をゆっくり出発できる(それでも5時半には出たいが)。しかも、駐車場は広い。

実はこれを書いている前にもどちらにするか迷っていたのだが、やはり茶臼岳~朝日岳にしよう。
金峰山から見る絶景も捨てがたいが、茶臼岳も悪いわけではないだろうし、なにより、朝日岳は「ミニ穂高」(ニセ穂高が正しい)とも言われているだけあって急登や岩場、クサリ場が頻出するという。3000mか2000mかの違いはあるが、その道程は穂高にそっくりなんだという。とすれば奥穂高挑戦の前に一度登ってみるのは当然だ。

そうだね。茶臼岳~朝日岳にしよう!

東北道でアクセスが容易だし、帰りも渋滞の可能性は少ないだろう。ちょっと距離はあるけどね。
帰路に那須の温泉に浸かって疲れを癒し、夕飯はおたる寿司のテイクアウトで寿司パーティだ。
今8時半。9時半までには終わるだろう。首都高で帰ってガソリンを満タンにしておくこと。
そういえば今日は久々に洗車をした。前回から数週間経っているがやはりCG1が効いているのだろう、実に楽な洗車だった。楽なのはホイールの部分に顕著に表れる。今日は娘が手伝ってくれたが、娘でも簡単に汚れが落とせるのだ。

娘に「デス・ノート」の7巻を買ってあげる。洗車のお礼と明日の登山のお礼、いやお礼じゃないな、ご褒美かな。ま、こんな余禄がないと行くと言ってくれないので。

それと、明日の行程は90km/h平均で走ろうと思う。超エコ運転でどれだけ燃費が伸びるか調べたいのだ。

となると、150キロあるから約3時間半はかかるとして、やはり5時半までには出たいなあ。明日起きれるかなあ。子供たちは起きるかなあ。それよりミニ穂高はどんな山なんだろう。くじけるのか、恐怖でひきつるのか、楽しめるのか…。少し不安、でもかなり楽しみだ。

火曜日, 9月 05, 2006

茶臼岳~朝日岳登山


富士山、木曾駒ヶ岳レポートが終わらぬうちに次の山に登ってきた。

朝日岳(1896m)はニセ穂高と呼ばれているらしく、岩場やクサリ場などがあってプチ穂高を体験できるという。
ここをなんなくこなせれば穂高征服も射程圏というわけだ。

結論から言うと、楽勝だった(^^)/
しかも家族全員楽勝。

富士山や木曾駒ヶ岳の八丁坂の登りに比べれば拍子抜けするほどだった。

ただ、やはり標高差がない(200mほど)ので、そのあたりが不安ではあるが(涸沢~奥穂高の標高差は700mしかも3000m級)。


写真上は茶臼岳山頂から見る朝日岳(中央)。やたらと遠く見えるがぐるっと左側を巻くようにして登って約1時間強で着いた。

左の写真は茶臼岳へと登る岩場。急なようだが危険は少ない。落石に注意するくらいか。ただ、穂高の岩場はこんなもんじゃないんだろうなあ。

金曜日, 9月 01, 2006

木曾駒ヶ岳登山~徹夜で山登りするアホ篇~

前日の仕事が遅くなったからといって徹夜は無謀ですよ。この歳になって。

実は中止も考えたんだけど、首都高を走っているときも考えていたんだけど、やはりあの景観は捨てがたかった。どうしても見たかったし、それにはこの週末しかないと思われた。ま、こういう余裕のないスケジュールが一番危険なんだけど。

午前0時半出発。駒ヶ根のバスターミナル駐車場に着いたのが3時半。あれこれしてうとうとしたのが4時10分ごろ。バスに乗り遅れるとロープーウエイも2時間待ちとなるので、4時40分に起きて用意を始める。そうこうするうちにどんどんバス待ちの列が伸びてしまう。とにかく吉祥丸だけなんとかザックを用意してまずは一人で並んだ。

すでに100人は並んでいるだろうか。休日だけあって大混雑だ。この先のロープーウエイの渋滞を思って憂鬱となる。眠気はなかったが、さすがに体がきつかった。

やがて子どもたちが用意を終えて一緒に並んだ。5時半にバス乗車。結局ロープーウエイでは30分ほど待たされて、千畳敷駅に着いたのは6時半を過ぎていた。

が、駅を出て目の前に広がっている千畳敷カールの美しさといったら!

もう疲れも吹っ飛ぶほどの絶景!あ、いや、疲れは取れませんでした。この疲れは奥が深かったもんで(^^;)

ところが子どもたちは早起きしすぎでグロッキー気味。2600m地点という場所もあってやや高山病のような症状。子供にとってこの絶景はなんの癒しにもならないようで(確かになあ)、こうなったらこの場所で大休止して回復を待つしかないか…。娘などは「もう帰りたい」というようなことまで言い出す始末でこの先の山行を思ってさらに憂鬱になってしまった。ま、この絶景も見たし、帰ってもいいか、とまで思い始めてしまった(ほとんど投げやり状態)。

しかし、そのまま地面で少し寝た娘が、寝たことで気分が良くなったのか「行ける」と言い出したので父は心底ほっとしたのだった…。

*富士登山との同時レポートはまたもや、つづく(^^;)

写真は2900m直下で設置した我が家のテント。左上に写っているのが、石で我が家の陣地を拡張しようとしている息子

富士山登山~その7 さあ山頂へ?篇~

まずは写真説明。中央に見える凹状のくぼみのところが頂上だ。
ここは9合目の山小屋。その屋根越しについに頂上が見えた。直線距離にして約300m弱。あとちょっと。

だが…。

昨夜この山小屋に泊まっているときから吉祥丸は頭痛が発生。ゆっくりと寝られなかった。息子も同様だったようで夜中に何度も寝言のような悲鳴?を上げていた。息子がこんな寝言を叫ぶことはないので、体調不良が容易に想像できた。恐れていた高山病である。

幸い女チームは大したことなかったようで熟睡できたそうだ。翌日、きれいな御来光も見られたけど、男チームはグロッキー状態。息子は遂に嘔吐した(食べていなかったので何も出なかったが)。御来光の前には、晴れていたので遠く3000m下方の静岡の街のきらびやかな夜景も見えたのだが、カメラに写そうという気力すらないほどにヘタれていた。

吉祥丸はそれでもあれこれと雑事をするうちなんとなく不快感が解消されて、よし行くぞ!という気持ちになったものの、息子は相変わらずだった。

さて、ここで引率者は決定しなければならない。進むべきか後退するべきか。

息子の回復を待って進むのがベターと思われたが、高山病なので高度を下げなければ、待っているだけではまず回復しないだろう。

一方、娘は登頂の際のプレゼントが目の前にあるため俄然行く気になっていた。
だが、吉祥丸にとってはあくまで家族全員の登頂が目的だった。一人の脱落者のために全員が引き上げる、それもまた家族の絆を深めるのでは、と思っていた。反面、一人の脱落者の思いを背負ってあとの何人かが富士の頂を制する、というパターンもある。

さてどうするか。

つづく(^^;)