水曜日, 10月 11, 2006

涸沢の試練 その1


よく「死ぬかと思った」などと口にするが、これは多くの場合、それほど大変な目にあったという形容でしかない。だが、今回の吉祥丸一家の涸沢山行は文字通り「死にそうだった」のである。 ←う~ん、やっぱりちょっとおおげさかな。

写真を見てもわかるとおり、どこが紅葉の涸沢じゃ!って感じなのである。冬山じゃん!装備が整っていなければ死んじゃうじゃん!って感じなのである。

というわけで今回の山行は自戒を込めて詳細に記録しておく必要があると思うのでめちゃめちゃ長くなるかもしれないが、何とか思い出しながら書いておきたい。

天気図と天気予報は2週間前からチェックしていた。もっとも、涸沢行きの日の天気予報が発表されるのは1週間前。その予報によれば(刻々と変わっていたが)金、土は雨か曇りだが、日、月は晴れる見込みが高かった。

もともと金曜の夜に沢渡に入り、土曜日早朝に上高地に入って、その日のうちに涸沢に到着する予定を組んでいた。
天気は木曜の時点で台風が温帯低気圧に変わった。予報も土曜日の午後から雨が曇りに。日、月は晴れの予報だった。これなら行くしかない。

金曜の午後8時前に出発。環八が混んでいたので環七から中央高速を目指した。雨の中を、それでも撥水加工したウインドウで快適に飛ばした。

午後11時ごろに松本ICに到着。そこから約1時間で今日の目的地・沢渡のパーキングに着いた。

0時5分、駐車場入庫。この時のために用意したビールをあおる。続いて焼酎。

娘と妻も起き出して、3人でしばし歓談。こんな時間が楽しい。時間は遅く、明日はなるべく早く起きたかったが、他の人の穂高登山の話などして盛り上がる。

そのうち妻、娘が眠りにつき、吉祥丸も1時半ごろ眠くなった。雨は相変わらず降り続いている。

起きたのは5時半ごろ。空はどんより。雨もぱらぱら降っている。起きたときからバスに乗り込む早起きの登山者が大勢いたが吉祥丸一家はゆっくりと支度する。子供たちの機嫌を悪化させないためだ。
6時半にはみんなが起き、用意をして、上高地までのタクシーに乗り込んだのが7時ごろ。タクシーの運転手が「今週末は最高ですよ。雨も午後には上がるし、明日明後日は快晴で紅葉もきれいでしょう」まどとこちらが思わずにやけてしまいそうなことを言う。大正池を通り越しいやが上にも気分は高まった。

7時15分ごろ上高地バスターミナル到着。

雨具を着込んで出発。7時35分だった。 いよいよ北アルプスへの旅が始まる。雨が降っていても吉祥丸の気分は上々だった。

やはり通常のコースタイムには遅れて、明神に着いたのが8時55分。気温10度。ちょっと休憩し、先を急ぐ。
徳沢到着10時15分。12度。横尾には11時40分に着いた。14度。

まずは昼飯、と思ったら早速姉弟ケンカが始まった。娘はケンカにかこつけて「もう今日は登らない、ここで泊まる」と言い出す。結果的にはここで泊まったほうが良かった(後から振り返ってみると、やはり登ったほうが経験値的には良かった)のだが、吉祥丸は当初の予定通り先に進むことにする。12時40分。このとき、吉祥丸の予定、というより感覚ではなぜか2時半から3時に着く計算になっていた(実際には5時間弱かかった)。そしてこの計算の甘さがこの先の悲劇を招くのだったが、この時の吉祥丸一家はそのことを知る由もない。