金曜日, 10月 20, 2006

涸沢の試練 その5


娘の「デスノート」を半分ほど読み、持ってきたバーボンをほとんど飲んでしまうと次第に眠くなってきた。9時頃だったか。ランタンの灯りを消し、ヘッドランプも消していよいよこの辛かった一日に終止符を打つべく眠りについた。
息子のシュラフを腰まで上げ(小さくてそこまでしか上がらない)、ダウンのジッパーを一番上まで上げて横になる。

数時間は眠ったろうか。

突然の風の音で目が覚めた。涸沢はカール状になっていて、その下部は沢に沿って谷間になっているのだが、その峡谷の方角から地鳴りのような轟音がしたのだ。なんだなんだ、地震か落石か?風の音?という思考が働いたその刹那、轟音の主がテントを襲った。まるで特急電車が至近を通り過ぎたような轟音と風でテントを揺るがした。ポールがしなり、フライがはち切れんばかりにはためく。前室のフライも風に翻弄されるように音を立てて暴れた。

一瞬、何が起ったのかわからなかったが、天候が悪化していることだけはわかった。風は、吹き荒れている、というより、一定の時間を置いて谷から山頂へ吹き抜けていく感じだった。約1分おきに20秒ほど吹く、そんな感じだ。吹くときは先に書いたように谷底から怒りに満ちた地鳴りのような音響があり、その数秒後に我がテントを襲う、というパターンだった。だが、吉祥丸は何をすることも出来ない。外に出て引き綱のテンションを確認しようとも思ったが、この暴風と寒さの中に出ていくのは正直嫌だった。まあ、ドーム型のテントは風に強いし、モンベルだからポールもフライの生地も頑丈だろう、などと自分に言い聞かせるようにしながらテントがもつことを祈った。

それでも何度かひどく力強い暴風にテントが軋むと、これはやばいのではないか、と思った。4人が入ったテントごと飛ばされることはないにせよ、ポールが折れたらおしまいだ。テントはぺしゃんこになり、最悪、この場から逃げなければならなくなるかもしれない。本当に最悪の場合はヒュッテに逃げ込むとしても、そこまでの距離をどうやって行くのか。自分はまだしも、ふかふかでぬくぬくのシュラフで寝ている子供たちのことを思うといたたまれなかった。何とか持ってくれよなあ。風もそろそろ止めよなあ。そんなことばかり考えていたらもう眠るどころではなくなってしまい、でも他にすることもなく、ひたすら一定のリズムで繰り返す暴風を恨めしく思いながら、横尾で泊まっていたら…などと後悔するのだった。


風は、だが吹き続けていたわけではない。ときおりパターンを外れて止むときがある。風が止むとあたりはシーンとなって、ああ、終わったのかも。さっきの風が最後で、今もしかしたら頭上には雲の切れ間が広がり、みるみるうちに星空が顔を出し、明るい月光がこのテント場を照らし始めているのではないか、そうして明日はモルゲンロートが拝め、予報通り晴天になるのでは、などと思ったりした。だが、思考がそこまで進むと、決まってそんな考えをあざ笑うかのように例の地鳴りが遠くで響くのだ。そして数秒後に、今度はそんな甘い考えをした罰だぜ、とばかりにこれまでで一番力強い暴風がテントと吉祥丸を翻弄し、ビビらせるのである。

そのまま何時間経ったろうか。妻の携帯の電源を入れて時間を確認する(この山行で吉祥丸は大事な石と時計を忘れてしまったのだ)。

1時半!

もう4時頃にはなっていると思った吉祥丸は一気に落ち込んだ。あと何時間こんな思いをしなければならないのか。

しかしなあ、テン場にはテントが200以上はある。これだけの風が吹いているのだから、一個くらいは張り綱が甘かったりしてぺしゃんこになったり吹き飛ばされたりするのもあるのではないか、などとも考えたが、とても人様のことを心配している余裕はないのであった。


そのうちテントに打ち付ける音が変わった。サラサラシャリシャリという乾いた音だ。そう雪である!本格的に雪が降ってきたのだ。

積もるのだろうか。積もったらどうやって下界に降りるのか。アイゼンなんて持っていない。そもそも雪のシチュエーションなど想定外だ。
だが、そもそも、冬山の装備もなくこの時期に入山すること自体無謀だったのかも。装備もなく、雪に閉ざされたこの状況って、もうすでに遭難しているんじゃ…。

暴風雪に叩きつけられた吉祥丸の思考は限りなくネガティブになるのであった…。

恐怖の長い夜はまだ明けない…。