
横尾までは娘もヒンヒン言いながらもなんとかついてきた。レトルトカレーとハヤシライスも平らげた。
そこでさらなるやる気を出させるため、とっておきの「デスノート」「星のカービィ」を取りだす。喜ぶ子どもたち。この後、彼らが喜ぶのはいつになったか…。今思うと、テントに入って寝袋にくるまり、ようやく寒さとの戦いが終わってぬくぬくしながら再びこれらの本を開いたときではなかったか。
まあ、それはさておき、やる気が出た吉祥丸一家は、いよいよ、本日の山行の核心部へと入っていったのだった。
初めは平坦な道だった。樹林帯に入っても緩やかな登り傾斜で、特に問題はなかった。ただ、雨は相変わらず降っており、ときおり止むような気配がするものの、そのたびに期待は裏切られた。左側にはそびえ立つような屏風岩。雨でなかったらさらに大迫力だったろう。今は山頂の方がかすんで見えない。
しばらく行くと、息子がトイレと言い出した。戻るには行きすぎている。涸沢まで我慢させよう、と思った。が、これは今考えるとあまりにも無謀な考えだ。この場所から涸沢までは約4時間かかったのである。息子の膀胱が持つはずもない。だが、吉祥丸は大丈夫だと思っていた。このあたりがリーダーとして失格だなあと思わずにいられないのである。
結果的にこのトイレは吉祥丸が持っていた簡易トイレで事なきを得るのだが(この簡易トイレは吹雪のテント泊で家族の命を救った)、やがて泣きが入ってくる息子にどうすることも出来ない父なのだった。
妻と娘と合流して息子のトイレを済ませると、さらに雨の中を進んだ。このあたりから雨が本降りになってくる。ザーザー降りではないものの、速乾性の服では乾くのに間に合わない雨量だ。ザックもびしょ濡れだった。直前まで迷って結局買わなかったザックカバーを恨めしく思う。
ほぼ2時間かかって本谷橋に到着。2時15分。さすがに吉祥丸もここで上下のレインスーツを着た。他の3人は上高地から上下を着ていた。
ここでショッキングなことが。妻が降りてきた登山者に「ここから涸沢まではどのくらいか」と聞いたのだが、返ってきた答えが「3時間」!
吉祥丸はあとせいぜい1時間半だろうと見当をつけていたので、愕然とする。コースタイム的には横尾から涸沢まで3時間であり、本谷橋は中間地点だから、まあそんなもんだろうと思っていたのだ。
ただ、ここから急登が始り約700mの登りなわけだから、3時間というのも正しいのだろう。
さて困った。ここから3時間かかったら5時半になってしまう。暗くなるだろうし、そんな中でテントを張って、さらに夕飯のちゃんこを作って食べて、というのは辛い。今から引き返せば4時過ぎには横尾に着くからゆっくりできるだろう。明日あらためて涸沢に挑戦というのも難儀だけど、雨、疲労、高所でのキャンプ等々を考えると、やはり引き返した方が無難かも。

とはいえ、せっかくここまで来たのに引き返すのもなあ。「せっかくだから症候群」というのがこういう時の元凶なのだが、それはさておき、どうするか。
妻と考えるが「ここまで来たんだから」と、いったんは登り始めた。が、これが結構きついんである。重いザックを背負っている吉祥丸は「これはやばいのではないか」と思った。この状態で3時間も登れるのだろうか、登ったとしても、その後のテント設営やら食事の用意やらを考えると憂うつになった。何より真っ暗になってしまったら最悪ビバークも考えなければならない。やばいのではないか、そんな思いが交錯して、あらためて「引き上げるか」と考えた。
だが、妻にその旨を伝えると、当然ながら反発された。当たり前だよなあ。ここまで来ていながら、というより、吉祥丸の計画が安直だったのだ。それでも天候や体調の急変とかで変更するのならまだしも、他人に3時間と言われて挫折するんでは、メンバーは誰を頼っていいのかわからなくなる。痛い足を押して頑張っている妻や、もくもくと登っている子どもたちに申し訳なかった。
結局、多数決で(山で多数決は危険。リーダーの意見に従わなくてはいけない、ということを言いたかったが、そのリーダーの決断が確固たるものではないのだから仕方なかった)登ることになった。こういうとき娘は意外に「どっちでもいいよ」と言う。で、途中で不満を言い始めるのだ。でも、みんなを気遣ってか、「どっちでも」という娘が微笑ましかった(もっとも、この先、翌日からは娘は断固として「帰る」を貫き通したが)。
それにしてもこの場での妻の一言には堪えた。自分の情けなさに嫌悪した。家族をこんな目に遭わせてしまったことを猛省した。それでもついてきてくれる家族を見ていると胸が張り裂けそうだった。いつもそんなことは思わないが、この時ばかりは家族のありがたさをしみじみと感じたのだった。申し訳ない気持ちと感謝の思いで一杯だった。無事に下山したら何でもしてやろう、などと思った。そしてあらためて山を甘く見てはいけない、リーダーはもっとしっかりしなくては(計画においても精神的にも)と思った。
そうして、頼りないリーダーのもと、4人はこの先まさに苦行となる山道に歩を進めていくのだった。