槍の穂先に立ってからほぼ2週間が過ぎた。相変わらず左足裏の骨が痛いし、両足の親指の爪が変色している。筋肉痛はなくなったが、吉祥丸の体にとって実にハードな山行だったと改めて思う次第である。というか筋力、体力不足に過ぎないんだけど。さて、2週間も経つと、喉元過ぎればなんとやらで、あの時の苦しさを半分以上忘れてしまっている。
いい気なもんで、いまは「次は軽量テントで勝負だ」とか、「なんであんなにいい天気だったのに南岳までの稜線歩きをしなかったんだ」とか考えてしまうが、 これはあの時の状況を少しでも思い出せば実にいい加減な考えであることに思い至る。

とにかく苦しかったのだ。一人ということもあり、また未知の道ということもあって常に漠然とした不安があって疲れを増幅させていた(と思う)。
そんなわけで、槍の肩に立った時の考えは三つだった。
1、このまま槍ヶ岳山荘に素泊まりする
2、南岳まで行って南岳山荘に素泊まりする
3、ババ平まで下ってテント泊する
3の選択肢なんて今考えると、なんてもったいないと思うが、その時は「早く家に帰りたい」「金がもったいない」という二つのジレンマがあった。
ババ平まで下っちゃえば明日の行程が楽で、さらにそれだけ早く家に帰れる、と考えたのだ(午後一番に沢渡まで行ければ渋滞なしで帰れると思った)。

あの最高の天気の中でこんな事考えちゃうんだから、今にして思えば悲しいが、前回も書いたように、やはり一人は寂しいのであった。
で、2の選択である。実は穂先に登って気をよくしたときは「よし、南岳まで行ってやろうか」と考えたのだ。時間は12時前だったし、十分行ける距離である。で、目の前にある飛騨乗越と大喰岳を見てみた。
まあ、行けるかな、と思ったのも束の間、山荘入り口からテント場までのわずかな坂道に足の筋肉が悲鳴を上げてしまったのだ。
こりゃだめだ、と思いました。同時にちょっと調子に乗って欲を出した自分を戒めた。ここまでヒーヒー言って登ってきたことを忘れたのか、行けるわけないだろ、って感じです。ただ、何度も書くが、今にして思えば行けたかな、と…。
あの時は南岳まで3時間かかるとふんでいて、それが躊躇する原因でもあったのだけど、よくよく考えてみると、ここまではコースタイム以下で歩いてきているのである。3時間といわず、2時間、いや2時間を切って行けたかもしれないのだ。もっとも、この時の吉祥丸にそんな考えは浮かばず、早々に2の選択肢は消え去ったのだった。

でも、あの天気での南岳までの稜線歩きは、おそらくもうないかもしれない。千載一遇のチャンスを逃したのかも…。まあ、山におけるこういう後悔はみんなしているんだよね。今更しょうがないので、次回にとっておくことにしようか。
さて前置きが長くなった、って、今までは前置きかい!
まずは写真説明。一番上の写真は、横尾から30分くらいか、槍見河原で見える穂先。遠いなあ、本当にあのてっぺんまで行けるのだろうかという不安にかられる場所である。一方、帰りの場合は、いやあ、しかし、本当にあのてっぺんまで行ったんだなあ、昨日のこの時間にはあのてっぺんにいたんだぜ、すげえなあ、と思うことになる場所でもある。
次の写真は槍沢ロッヂまでの河原沿いの道で見える美しい梓川。ほんとうにきれいだった。イワナも一杯いるんだろうなあ、こんなところでFFできたら最高なのに(雰囲気だけでなく良く釣れると思うので)、と思わずにはいられない景色である。マジで美しい流れだった。
その下は色づいたナナカマドの実。この赤と紅葉とそのバックに槍の穂先、という写真は紅葉の時期の定番カットである。
最後の写真はババ平にあるトイレ。あまりネットでも見たことなかったのでアップしておいた。カギがかからないが、あまり不自由はない。中にいるとがさごそ音が出るので、外の人にも「あ、入ってるな」とわかるからだ。でも女性は不安かもしれないが。中に竹の棒のようなものがあったので、もしかしたらそれをつっかえ棒のようにしてカギ代わりにするのかもしれない。
いずれにせよ、このトイレにはお世話になった。この行程中最も使用したトイレだった。